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数学についての持論

勉強法

 

[ 数学で挫折する理由の考察 ]

数学は挫折者が最も多い学問ではないでしょうか。

そこで、なぜ挫折しやすいのか考えてみることにしました。一番簡単な答えは「難しいから」なんですが、それではつまらないのでもう少し考察して見たいと思います。

学問自体が難しいという理由を除外するならば、次に考えるべくは「やり方が悪い(悪いやり方にはまりやすい)」という理由ではないでしょうか。

数学の勉強方法については、自分も学部時代に少し試行錯誤をしたんですが、結局ひたすら教科書を読んで演習を積むしかないという結論に至りました。数学に王道なしというふうによく言われるのですが、まさにその通りで、先生や友人たちに聞いても画期的な勉強法というのは聞き出すことができませんでした。

それもそのはずで、数学というのは一つ一つ積み重ねていくものなので、効率を求めようとすると、どうしてもいつの間にか足場が弱くなっていて、崩れ落ちてしまうからです。

しかしながら、この厳密な完璧主義を頑なに守っていたとしても、闇に埋もれることが多々有ります。これが精神衛生上非常によくなく、無事(?)挫折に至ります。

なぜなら適当に勉強していて分からないのであれば、努力不足という理由ですからまだ頑張ればなんとかなるという一筋の光があるのですが、正攻法で必死に勉強していて一向に前に進まないと、これはもう自分の頭が悪いからとしか思えないからです。(これは精神衛生上ものすごく良くないです。(2回目))

では、所詮凡人には理解出来る限界を感じたら、その先の数学はもうできないのかというと、実はそうではないのではないかというのが自分の考えです。(このブログでそれが証明できればいいのですが。。。)これは後になって気づいたのですが、才能不足と考えがちな上記の躓きは、正確には「数学の感覚不足」によるものではないかということです。多くの場合、この「数学の感覚不足」を才能不足(つまりどうしようもないもの)と勘違いしてしまうため挫折してしまうことが多いのではないかなというのが自分の持論です。つまり数学という学問は、やり方と考え方の片方or両方が悪くなりがちなため、挫折することが多いのではないかということです。

ではこの数学の感覚の定義とは何かという話なんですが、自分の定義ではこれは「後天的に身につけられる数学の概念を理解する能力」のようなものです。もし才能があれば、この能力を訓練することなく持っていることとなり、厳密な完璧主義を貫いても比較的スイスイ進めるのではないかなと思います。

ですから、自分のような凡人の場合、挫折を乗り越えていくためにはこの「才能」のせいにしたくなるのをぐっとこらえて、数学の感覚を磨いていくのが唯一の抜け道なのではないでしょうか。